MIDNIGHT HERO

Deracine's blog. Music, movies, reading and daily shit.

ブログで短編小説を。MOON。REBECCA。

A girl picks nuclear flowers in London

MOON  

あたしの生まれた町は、空がいつも灰色に煤けていた。

町の中心部を流れる川は、工場の汚染水を多量にはらんで、油ぎったヘドロの水泡を浮かべ、顔を背けたくなるような異臭を放っていた。

あちこちにそそり立つ煙突は、夜になると一段と化学物質を大量に吐き出し、あたしたちの暮らす家の屋根に、あまたの塵埃を降り注いだ。

クラスの中には、必ず小児ぜんそくを患う子が何人かいた。

あたしはその子たちの周りで、何の疑問も抱かずに生きていた。

 

あたしの名は、あつ子。

あたしを産み育てた親たちは、そのスモッグを吐く工場で働いて生計を立てていた。

工場を経営する会社の社宅に住み、この薄汚れた町に暮らして、決して会社のことを悪くは言わなかった。

若かったママは、小さなあたしを抱き抱え、ぼんやりと夜空にかかる月を見上げ、

「ほーら、お月さまをごらん。うさぎさんがお餅をついているでしょ」

と、指をさした。

あたしは、汚れた空にかかる月を見て、思い切りうなずいた。

 

小学生のとき、美術の時間に、月の絵を描いて、みんなから嘲笑れた。

あたしの絵には、うさぎがいると揶揄われた。

クラスメイトは、 しつこかった。

いつまでも、絵のことであたしをいじめた。

 

その頃、あたしに話しかけてきた子がいた。

かおりという名のその子は、隣のクラスだった。

「気にするなよ」

かおりは言った。

手も指も短くて、体が小さくて、白雪姫に出てくる妖精みたいだった。

かおりは、たった一人の友だち。

 

Cadiz waves

 

その日は、ふたり、川と海とが混じり合う、河口へ遠出をした。

かおりはなぜか、あまりしゃべらなかった。

海岸へたどり着くと、波打ち際にほど近い浜辺に並んで座った。

「中学生になったら、あっちゃんと遊べなくなるのかな」

かおりは言った。

「どうしてなの?」

あたしは首を傾げた。

「お母さんがね、私立の中学を受けろって」

かおりは勉強の出来る子だった。

「受かったら、この町からは通えないと思うの」

かおりは泣きそうな声になった。

「あっちゃん、ごめんね。ごめんね…」

あたしは泣き崩れるかおりを、背中から抱きしめた。

「だいじょうぶ。なんとかなるよ」

「受験、やめようかな」

かおりは、ポツンとつぶやいた。

あたしは強がりを言った。

「もったいないよ、かおり。私立に行きなよ」

かおりは、コックリとうなずいた。…

かおりは、私立の中学受験で忙しくなった。

いつか、あたしたちは、遊ばなくなった。

 

Solo Factory


中学生になったあたしは、学校に行かなくなった。

理由なんてないし、どうでもいい。

そこに、あたしの居場所がなかっただけ。

大人はみんな嘘つき。

表面だけ愛想よくする。

あたしのことなんて、誰も考えてない。

仕事なんだ。

親という仕事。

教師という仕事。

大人という仕事。

そのうち、親も親戚も近所の人も、あたしをバイ菌みたいに嫌っているのがわかった。

あたしは、家にいたくなくて、街中を彷徨い歩いた。

哀しみと寂しさが、あたしを飢えた野良猫に変えた。

 

モノが欲しかったんじゃない。

万引きすることで、こっぴどく怒られたかったのかもしれない。

ある化粧品店で、ポケットにルージュを忍ばせた。

すると、いきなり分厚い手が、あたしの右腕をググッと手繰り寄せた。

あたしは、とうとう捕まった。

四方が白い壁の檻の中に入れられて、制服の大人たちから尋問を受けた。

あたしを引き取りに来たママは、嗚咽して泣いていた。

 

Stencil in Bairro Alto, Lisboa

 

その日から、あたしは本物の札つきになった。

黒い名札を首に掛けられ、世間という楽園から追放された。

誰もが他人の顔をして、あたしに近寄ろうとはしなかった。

あたしの悪い噂は、ひそひそと聞こえ、広まった。

 

こんな町にはウンザリだった。

いつでも出ていこうと、思っていた。

だけど、あてがなかった。

そんなとき、かおりが家に訪ねて来た。

 

「久しぶり」と、あたし。

「そうね、久しぶり」と、かおり。

「あっちゃんの事を、友だちから聞いたの」

他人から、自分の名前を聞くのも久しぶりだった。

「あっちゃん、どうしてるか心配になったの」

「そう」

「うん。それだけ」

かおりは、少しだけ下を向いて、微笑んだ。

あたしは、玄関口で、かおりを帰した。

かおりは、もう遠い世界の人。

あたしの心は、よく冷えた冷凍庫の中。

こちこちに凍っていた。

 

"New horizon await"

 

夜のコンビニ。

あたしが少しだけ、寛げる場所。

夏の夜風に頬を撫でられ、店の前に座りこんでいると、爆音と共に滑りこんできたバイクが目の前で急停車した。

ヘルメットを脱ぐと、男の蒸れていた長髪がバサッと首まわりに落ちた。

痩せぎすの、背の高い男だった。

店で缶コーヒーを買い、扉の外のあたしに、いきなり差し出した。

「飲めよ」

無表情のまま、男は言った。

それがテツシとの始まり。

 

そいつに知り合ってから、時間はかからなかった。

家出を持ちかけられ、ある夜、一緒に町を出た。

テツシの、250 の背中に乗って。

金持ちのボンボンっていうだけの、つまんない男。

遊ばれて捨てられても、自業自得。

それでもかまわない、とあたしは思った。

 

大人たちは、反抗しない、この薄汚れた町に。

だけど、あたしはガマンできない。

めちゃめちゃにしたい、あたしを取りまくすべてを。

顔の汚れたお月さま、バイバイ。

かおりには、言っておきたい言葉があったけど。

ひとこと、ありがとうって。

 

MOON       REBECCA

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