MIDNIGHT HERO

デラシネのブログ。明日へむかって。

アジアの歌。戦争の爪跡から歌が生まれた。

本日は、アジアをテーマにした曲をお送りします。

まずは、1曲目。ミスチルのこの曲。

タイトルもそのものズバリ、ASia 。

桜井和寿のMC もレアです。

Asia      Mr.Children 

Asia(エイジア) Mr.Children   歌詞

Asia(エイジア)

Asia(エイジア)

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Atomic Heart

Atomic Heart

桜井和寿が、こんな社会的メッセージを込めた曲を作っていたんですね。

この「アトミック・ハート」というアルバム、それに続く「深海」「ボレロ」。

この3枚のクオリティの高さは、日本のロックバンドの到達点として、永遠に歴史に刻まれるものと思います。

また、ap bank の活動など、 桜井和寿が環境問題に積極的に関わっていることも周知の事実です。

社会へのまなざしが、ロックミュージシャンとしての桜井に備わっていることは、曲を聴いてもわかりますね。

最近は、ブレイクした頃に比べると、個人の内面を歌った曲が多い印象がありますが、それは年齢的なものでしょうか。

ミスチルに関してはブログもたくさんありますから、ここではこれ以上触れないことにします。

www.tapthepop.net

深海

深海

BOLERO

BOLERO

次の曲。

ユエの流れ      甲斐よしひろ

ユエの流れの歌詞

翼あるもの(+1)

翼あるもの(+1)

 この曲は、甲斐よしひろの「翼あるもの」(1978年発売)というカバーアルバムに収録されていますが、元をたどれば、フォーク・クルセダーズの「フォークル  さよならコンサート」というアルバムに収録されていたものです。

しかし、これもフォークルのオリジナルではなく、カバーなんですね。

ではいったいオリジナルは、誰が作って誰が歌ったのか、という疑問が湧いてきます。

 

そこでネット検索してみると、下のジャケットが出て来ました。

オリジナルは、作詞が桐雄二郎、作曲が須磨洋朔、歌手はマリオ・清藤。

ジャケット裏のライナーノーツには、作詞者の桐雄二郎の記述があります。

それによると、この曲が出来たのは終戦の翌年、1946年。

作詞者の桐雄二郎氏は、終戦後にベトナムに滞留して、日本への帰還が出来ずに居残っていた日本兵の慰問のため、芝居の興行をやっていたそうです。桐氏は、公演には音楽が必要と考え、軍楽隊に頼んで公演に加わってもらいました。その軍楽隊長が、作曲者とされる須磨氏でした。

そして桐氏は、加わった団員の一人が、妙な唄を歌っていることに気づきました。

聞いてみると、団員は村の子供が歌っているのを聴き覚えたらしいのです。

そして、桐氏も以前タイかベトナムの駅で、似たような唄を少年たちが歌っていたことを思い出しました。

そのメロディに歌詞をつけて出来たのが、この曲というわけです。

それが事実だとすると、この曲はベトナム辺りの民謡に、二人の日本人が手を加えて、1946年にはほぼ輪郭を整えていたということになります。

ところが、この曲がレコードとして発売されたのは、22年後の 1968年でした。

なぜ、このタイミングで発売されたのでしょうか?

当時の時代背景を探ってみると、1968年 はベトナム戦争の真っ只中でした。

そして、ベトナム反戦運動(べ平連の活動)と同時に70年安保闘争、学生紛争が真っ盛りで、反戦フォークソングが若者の間に広く浸透していました。

その最中にベトナム民謡をもとにしたこの曲が発売されたことは、ある意味、キャッチーで自然の流れだったと言えるでしょう。

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これがオリジナル。1968年発売。フォークルのさよならコンサートは同年10月。

フォーク・クルセダーズは、数年のアマチュア時代を経て、1967年12月「帰ってきたヨッパライ」でプロデビューし、1年の期間限定で活動しました。

マリオ・清藤の「ユエの流れ」が発売されたのが 1968年8月。

(8月発売の根拠は、1989年発売の CD 「翼あるもの」のライナーノーツ、堤昌司氏の記述によります。)

この年は、フォークルがプロとして活動した1年間に当てはまります。

そして、同年の10月にフォークルは、この曲をさよならコンサートでカバーしているのです。

つまり、発売されてすぐに、フォークルはこの曲をカバーしたことになります。

もともとフォークルは、アマチュア時代から「イムジン河」や「戦争は知らない」などの反戦歌も歌っていました。

そして何より、第2弾シングルの予定であった朝鮮民謡の「イムジン河」が発売前日に発禁処分になって、ずっとわだかまりが残っていました。

このことが、大きかったと思います。

そんな経緯があったからこそ、この曲のルーツがベトナム民謡であることを知るや、そのメロディラインの美しさも相まって、カバーしたいと思ったに違いないと思われるのです。

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ユエというのは、ベトナム有数の都市です。

第二次大戦以前、ベトナムはフランスの植民地であったことから、フランス風の呼び方ではユエ、現在はフエと称します。

現在、人口は40万人弱。都市の面積は83㎢ で、福岡市の4分の1程度の広さですが、人口密度は ㎢ あたり 4800人と福岡市より多いです。

しかし、ベトナム戦争中、フエの都市は米軍と南ベトナム軍の攻撃により廃墟と化し、一般市民数千人の命が失われました。

その実態は、アメリカ国内外のメディアで大きく取り上げられ、ベトナム反戦運動を大いに高揚させるものとなりました。

それは、奇しくも1968年2月の出来事でした。

フォークルの「イムジン河」が発売中止になったのも、やはり同年 2月20日 でした。

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この曲の歌詞を読んだだけでは、都市を流れるフォン川を舞台とした切ないラブソングとしか受け取れませんよね。

しかしこの曲には、時代との「モンタージュ」の効果が働いているのです。

モンタージュ」とは映画の手法で、対照的な複数の映像を繋げて見せることで、まったく別の効果を生み出すことです。

この歌では、こんな感じです。

平和だった時代の、ユエを流れる川での男女の愛のドラマと、今起こっている、空爆で焼き尽くされ廃墟となったユエの街の現実がオーバーラップすることで、平和な世界が一瞬で焼き尽くされる戦争の残虐性や、命の大切さ、戦争への怒りといったものが浮き彫りになったのです。

そんなふうに この歌を捉えると、ユエの街を流れる川のほとりで逢瀬を重ねた恋人を待てどもあの人は来ない、すなわち崩れた城跡に戦争の惨禍で失われた街並を想い、今は亡き恋人の面影に想いを馳せる、そういう歌に思えてくるのです。

これはすべて私の推測に過ぎませんが、フォークルの面々は、そういった意味合いを込めて、これを反戦歌と捉えていたのではないでしょうか。

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フォークルさよならコンサート(紙ジャケット仕様)

フォークルさよならコンサート(紙ジャケット仕様)

イムジン河

イムジン河

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次の曲。

清河への道       新井英一 

新井英一 清河への道 歌詞  

清河(チョンハー)への道

清河(チョンハー)への道

新井英一。 福岡県生まれ。自称・コリアンジャパニーズ。

両親には、朝鮮半島の民族の血が流れている。

45歳のとき、この歌で世に知られるようになった。

当時、筑紫哲也のNEWS 23 のエンディング・テーマだったこの曲は48番まであり、その完全版が上のCD だ。

壮大な父と子と、大地との巡り会いに始まる魂の物語が、ここにある。

私は20年以上前、福岡市のライブハウスで、この人の歌を聴いた。

そばを通り抜けてステージへ上がる途中、私の服の裾をこの人の体が掠めていった。

実に男くさい男だった。

この歌に、解説は何も要らない。

この人の人生そのものが、歌である。

この歌を聴いてくれれば、きっと魂を揺さぶられる。

それでは最後の曲です。

ボートピープル     ARB 

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ボート・ピープル

ボート・ピープル

  • A.R.B.
  • ロック
  • ¥250
  • provided courtesy of iTunes
ボート・ピープル

ボート・ピープル

戦に追われた人達が 今夜も波間を漂うよ
家を焼かれて 故郷を離れ 子供を抱いた女は 何を見つめる
愛した男のアルバムを 抱きしめ口づけをしても
男達は銃を握り締めて 異国の地で戦い続け 疲れる
流れてく 闇を抜け あてもなく さまよう
ボートピープル 一体誰のために
ボートピープル 一体何のために
不安な旅に震える

怒りをぶつける暇もなく 碇を降ろせる国もない
青い月に 流れていく星に 凍える手を合わせて 祈り続ける
流れてく 闇を抜け あてもなく さまよう
ボートピープル 一体誰のために
ボートピープル 一体何のために
不安な旅に震える 

 

作詞 : 石橋凌

作曲 : 田中一郎

ARB の名曲ですね。

それでは、今夜はこのへんで。おやすみなさい。

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