MIDNIGHT HERO

デラシネのブログ。明日へむかって。

旅立ちの歌。「いちご白書をもう一度」と60年代の青春。

 春ですね。桜が満開ですね。

出会いと別れの季節ですね。

本日は、旅立ちの歌と題してお送りします。

いつものように、ひと味違った卒業の歌をお届けします。

それでは1曲目。

いちご白書をもう一度       バンバン

「いちご白書」をもう一度 バンバン - 歌詞

「いちご白書」をもう一度

「いちご白書」をもう一度

  • バンバン
  • J-Pop
  • ¥250
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「いちご白書」をもう一度

「いちご白書」をもう一度

 これは、時代を象徴する、名曲中の名曲。

ユーミンが、自身の作品で初のチャート1位を獲得した曲でもある。

60年代末から70年代初頭の、学生運動が終わろうとする時代の大学生の青春模様を、若者自身が回想するかたちのドラマチックな詞と曲で綴り、大ヒットした。

無精ひげを伸ばし、学生集会にも時どき出かけた若者が、就職が決まって、長い髪を切ってしまった事に後ろめたさを感じ、恋人に、もう若くないさと言い訳する…。

こんな青春の感覚が、就活に明け暮れ、保守政党を支持する今の若者たちに分かるだろうか?

学生運動に関わり反体制を標榜してきた若者が、長い髪を切って就職するということは、すなわち、主義思想・運動への裏切り、体制への屈服・迎合を意味した。

その事からくる後ろめたさ、それを もう若くないと言い訳する若者の姿が、社会に抗議する事こそ若さの特権だと思われていた時代の終焉を、象徴していたのだ。

その後の日本の学生運動は、共産党の武力によらない選挙による政権獲得を目指すという平和的革命への路線転換を機に、過激な武装化セクト化(派閥に分かれること)を遂げて行き、国家権力との闘争のみならず、セクト化した党派間の暴力やリンチ事件などの、いわゆる内ゲバを起こすようになる。

そして、日本赤軍浅間山荘事件に象徴される、セクト間はおろか、同派内部での粛清による殺人さえ犯す狂気の集団へと変貌した過激派の出現により、一般市民や学生の支持を急速に失って行き、その終焉を迎えた。

学生運動の拠りどころであった、共産主義マルキシズムは、世界をあげた壮大な歴史的実験でもあったが、結局は、階級闘争によりプロレタリア独裁という外観を成し遂げても、そこに属する人間の欲望、権力への野望が無くならない限り、独裁者を生み出す政治的温床にならざるを得ないという、性善説に基づく理想主義に過ぎなかった。

それは、その後の歴史が証明している。

1980年代後半、ソビエト連邦ゴルバチョフ書記長が登場し、ペレストロイカという改革を始めると、瞬く間にソビエト連邦は内部から瓦解し、ソビエトに従属していた連邦諸国や東欧諸国の共産主義政権は雪崩をうって崩壊、ベルリンの壁は市民の手によって壊され、中国や北朝鮮ベトナムキューバなど一部の国を除き、世界地図からほとんどの共産主義国家が消滅することになった。

それは、独裁者への処刑などを除けば、市民による無血革命と言っていいほどの、自然な民主化の流れであった。

その後、超大国による強圧的な支配の時代が終わりを告げると、世界はそれまで封じ込められていた民族間の紛争という新たな課題を突きつけられ、今日に至っている。

「いちご白書」をもう一度 [EPレコード 7inch] 

日本の学生運動の終焉とともに、若者たちや一般市民は、社会運動への幻滅を余儀なくされた。

マルクス主義に代わるほどの影響力を持った社会思想は、当時も今も存在していない。

結局のところ、日本の学生運動は、若者たちに社会や政治への関心を失わせ、相も変わらぬ日本人の、没個性の国民性をさらけ出したに過ぎなかった。

日本人は、戦後の経済復興を経て、暗黙のうちに、経済による成功のみを信条とするようになる。

モーレツに働き、豊かな暮らしを追い求め、世界が驚くほどの経済成長を遂げて、世界から、エコノミックアニマルと呼ばれて…。

若者たちは、豊かさを享受する間もなく働き続ける大人たちに、個を持たないスカスカのマイホーム主義を感じ取り、見せかけだけの家庭の幸福に失望を抱く。

そんな時に、個人の生活や意見をストレートに歌う若者たちの音楽が登場した。

それまでの社会へのメッセージ主体のフォークとは一線を画す、フォークソング

よしだたくろう「結婚しようよ」が発売されたのは、1972年2月に起きた浅間山荘事件の1ヶ月前だった。

結婚しようよ

結婚しようよ

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「いちご白書」という映画を観ただろうか?

この映画は、1960年代、アメリカのコロンビア大学で実際に起きた学生の抗議行動を著したノンフィクションが原作。

当時、多数制作された明日に向かって撃て!」「卒業」「イージー・ライダーなどのアメリカン・ニューシネマの1本だ。

挿入歌に、「ヘルプレス」(クロスビー、スティルス、ナッシュ&ヤング)、「アワーハウス」(同)、「Suite: Judy Blue Eyes」(クロスビー、スティルス&ナッシュ)、「ローナー」(ニール・ヤング)、「ダウン・バイ・ザ・リヴァー」(同)、「平和を我等に」(プラスティック・オノ・バンド)などが使用され、学生運動のさなかの淡い恋愛を軸に、講堂占拠などの様子を描いている。

かつて、アメリカでも日本でも、このような青春があったのだ。

若さの特権とは、旧い時代の因襲を破り、新しい価値観を主張し、固陋なる時代閉塞の現状を打破しようと、果敢に挑戦する事ではないのか?

唯々諾々と、今の社会に流され、自分の損得勘定だけを生きる指標として、自分さえ良い会社に就職すれば良いのか?

若者たちの、ありあまるエネルギーは、新しい社会を築いて行く上で欠かせないものだ。

それを何に使おうと自由だが、その自由さえも奪おうとする政治や社会に対しては、自分の損得だけではなく、社会とは何か、政治とはどうあるべきか、個人と社会はどう関わるべきか、そういう事を自分の頭で考え、はっきりと意思表示ができる、知性と良識を備えてもらいたい。

Helpless

Helpless

  • クロスビー、スティルス、ナッシュ&ヤング
  • ロック
  • ¥250
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いちご白書 (角川文庫)

いちご白書 (角川文庫)

いちご白書

いちご白書

いちご白書

次の曲。

これは、卒業ソングの超定番だが、好きな曲なので。

SAKURA       いきものがかり

SAKURA / いきものがかりの歌詞

SAKURA

SAKURA

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SAKURA

SAKURA

「YELL」もいい曲だけれど、この曲の想起させるイメージは格別で、二人の想い出の風景に、舞い落ちる桜の花びらの残像がいつまでも記憶に残り、思わず口ずさみたくなる。

いきものがかりは、ちょうどNHK の朝ドラ「ゲゲゲの女房」で毎朝「ありがとう」が流れている頃、私は春のツアーでライブに行った。

周りは90% 以上が10代の若者たちで、見事に私は浮いていたが、一番旬な頃の3人の姿を見れてよかったと思っている。

どんなに世代が違おうと、好きなものは好きと遠慮せずに言う、行動するというのが私の生きざまだから。

次の曲。

甲斐よしひろと松藤英男のカバーで。 

どうにかなるさ      かまやつひろし

どうにかなるさの歌詞 | かまやつひろし

次が、オリジナル。

どうにかなるさ

どうにかなるさ

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かまやつひろしの隠れた名曲。

甲斐と松藤のカバーは、1980年 サウンドストリート 第3回カラオケ特集の音源。

甲斐よしひろは、岸部シロー岸部一徳が、サリー&シローという兄弟ユニットで歌っていたカバーが好きだったと言っていた。

前回、カバーバージョンの曲を特集したが、フォーク・ロック系は同じフォーク・ロック系アーティスト同士でカバーし合う事はあったのだね。

吉田拓郎の新しさは、ジャンルを超えて、歌謡曲のカバーアルバムまで作ったことにあった。

この曲は、放浪の歌だね。

放浪者にとっては、日々の暮らしが旅立ちなのだ。

道ならぬ道を歩む漂泊者には、幸せという言葉は遥かに遠い。

そうやって日々を過ごし、名を残した芸術家に、西行松尾芭蕉、尾崎放哉、種田山頭火などがいる。

病中吟

旅に病んで   夢は枯野をかけめぐる

松尾芭蕉

私は、この芭蕉の句が好きだ。

この句を詠み時を経ずして、芭蕉はあの世へ旅立つのだが、世を捨て放浪の生きざまを選んだことの潔さが、生死を超えた旅人への、懐かしい郷愁を感じさせる。

次の曲。 

春なのに       柏原芳恵 

春なのにの歌詞 | 中島みゆき

春なのに

春なのに

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春なのに

春なのに

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中島みゆきが提供した曲の中でも、これは本当に名曲だね。

加藤登紀子「この空を飛べたら」、桜田淳子「しあわせ芝居」と並んで好きな歌だ。

「記念にください   ボタンをひとつ    青い空に捨てます」

これもひとつの象徴だね。

別れのイニシエーションを紡ぎ出しては孤高の作詞家、中島みゆきの真骨頂だ。

春なのに

春なのに

 次の曲。 

これは、かまやつひろし吉田拓郎が書いた曲。 

水無し川       吉田拓郎

 水無し川 - 吉田拓郎 - 歌詞

 拓郎のセルフカバーはこちら。

水無し川

水無し川

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明日に向って走れ(紙ジャケット仕様)

明日に向って走れ(紙ジャケット仕様)

これは、松本隆の詞。

以降、拓郎は松本隆とタッグを組んで、多くの曲を発表する。

この詞は、同じく松本隆の書いた「木綿のハンカチーフ」にシチュエーションが似通っているが、こちらは旅立ちに際し、恋人へ贈る言葉が詞となっている。 

冬を前に旅立ち、春に再会を誓う、愛の歌。

いい曲だね。

この「明日へ向かって走れ」は、拓郎が新会社フォーライフを設立後、最初に発表したアルバム。

前作「今はまだ人生を語らず」が、拓郎節全開の、超のつく傑作アルバムだっただけに、勢いの点では見劣りするが、それでも「どうしてこんなに悲しいんだろう」のセルフカバーがあったり、山田パンダへ提供した「風の街」があったりで、メロディメーカーとしての拓郎は、いよいよ健在であることを示した。

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次の曲。

思秋期          岩崎宏美

思秋期の歌詞 | 岩崎宏美

思秋期

思秋期

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思秋期(ししゅうき)

思秋期(ししゅうき)

これは秋の歌なんだろうけど、この雰囲気といい詞といい、私の中では春の歌なんだよね。

阿久悠が、思春期を「思秋期」と発想した事から、秋を現在形にしたのだろうが、この歌は今の季節にぴったりだという気がする。

詞の中の女の子は、卒業式の前の日に愛を告げられ、春、夏を通り過ぎ、そして秋の日の今は、ひとり愛の記憶に涙ぐむ日々を過ごしている。

何といっても、阿久悠の詞が素晴らしく、三木たかしの曲も、季節感のあるこの詞の世界を見事に盛り上げてくれる。

こういうのを名曲というんだね。

それでは、最後の曲。

大阪で生まれた女        BORO 

大阪で生まれた女 - BORO - 歌詞

これは萩原健一のカバー。留置場帰りバージョン(笑)。

大阪で生まれた女

大阪で生まれた女

  • BORO
  • J-Pop
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大阪で生まれた女

大阪で生まれた女

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 ここらへんが、私の世代の青春の終わりを告げる歌だったように思います。

それでは、本日はこれで終わります。

おやすみなさい。

SAKURA