MIDNIGHT HERO

デラシネのブログ。明日へむかって。

女優・大原麗子さん。愛を乞うひと。

大原麗子さんの生涯について、書かれた本は一冊しかない。  

 著者は、かつて芸能レポーターとしてテレビで露出度の高かった、前田忠明氏。

しかし、この本は、ワイドショーや女性週刊誌の芸能記事とは、およそ趣きが異なった、優れたノンフィクションとなっている。

まるで大原麗子という幽冥に入った女の魂が、ひとりの人間を霊媒として語らせたのではないか、と思わせるような、熱が伝わってくるのだ。

 したがって、大原麗子という名の真実を感じ取りたいなら、彼女についてのあらゆる先入観を排除してかかる必要がある。

まず、この本の著者が前田忠明氏であること。そして、彼女についてのあらゆる芸能記事的な知識や偏見を捨て去ること。

だが、そう身構える必要はないだろう。

この書物を真摯に受け止めさえすれば、自然とそうなるだろうからだ。

この記事の目的は、その誤解と偏見に満ちた大原麗子の真実に、この本を通して少しでも迫ることだ。

  

大原麗子/愛のつづれ織り

大原麗子/愛のつづれ織り

  

母を楽にしてあげたい  

 大原麗子は、戦後まもなく、高級和菓子店を営む父と、古文の教師だった母のあいだに生をうけた。物資不足の世情の折にも、裕福な家庭で幼少期を過ごした。しかし、父は女の子である麗子にも何かと手をあげ、あざができるほどの暴力を振るった。麗子と3歳年下の弟は、父の暴力に怯えて過ごした。

 

やがて幼い麗子に転機が訪れた。父が店の売り子と関係を持ったために、母と家を出ることになった。麗子はひとりで家を出るつもりの母に、一緒に連れて行ってと懇願したという。

それほど、父の暴力に怯えていた。残ったら、殺されると思っていた。

 

それからは、母は昼夜働いて、麗子はひとり家で、母の帰りを待つ孤独な日々だった。それでも、親子で伯母の家に転居したのを機会に、実家に遊びに行き、実弟の政光さんとはよく遊んだ。とても仲の良い姉弟だった。

 

 その頃から、すでに人前で朗読したり、学芸会で他者を演じることに快感を覚えるようになっていた。女優としての芽は、確実に育ちつつあった。

 早く自立して、母を楽にしてあげたい。

その想いとともに、中学生にして麗子は、芸能界への道を歩み始める。

やがて、 NHK の新人オーデションに合格、東映と契約、高倉健の大ヒット作・網走番外地シリーズでのヒロイン役と、10代後半にして、一気にスターへの階段を駆け上がっていく。

網走番外地 南国の対決
 

 父との確執

 東映に入社して、半年ほどのことだった。

 麗子は、和菓子屋の実家を訪ねた。弟の政光が、派手なメイクのまま現れた麗子の美しさに驚いていると、父が出てきた。

「お父さん、お久しぶり!」

笑顔で言った次の瞬間、父は麗子の頰を殴りつけた。

父のセリフは、そんなパンパンみたいな仕事はやめちまえ。二度とこの家の敷居をまたぐな、というものだった。

弟の政光さんはいう。姉は、女優になる夢を叶えたことを、父に喜んで欲しかったのかもしれない。

 その淡い夢は、無惨にも打ち砕かれた。

父の仕打ちは、それだけではなかった。母の元を訪れ、今後一切、麗子に「大原」の姓を名乗らせるな、と告げたのだ。麗子は、そんなのはこっちからお断りよ、とタンカを切ったが、デビュー直後の女優の名前を変えることに、東映は難色を示した。

ところが、父は譲らず、この件は裁判に持ち込まれた。

1年近くを経て、父は敗訴したが、この出来事が麗子をどれだけ傷つけたか⋯ 

しかし、父を見返してやる、絶対に大女優になってやる、という気持ちが、麗子を筋金入りの女優としたに違いない。

獄門島

獄門島

 

 つよく、可愛く、美しく

それからの麗子の活躍は、誰もが認めるものだった。

高倉健美空ひばり、浅岡ルリ子、森光子、といった、輝かしい名前の先輩、石井ふく子市川崑、といった監督、名プロデューサーたちに愛され、好感度ナンバーワン女優となった。

麗子の前途は輝かしい未来に彩られていると、誰もが思っていた。 

しかし、その活躍の裏には、 想像を絶する努力と忍耐があった。

昭和50年、28歳のとき、ギラン・バレー症候群と呼ばれる難病を発症する。

 手足の運動麻痺、歩行障害を引き起こす、国の臨床調査の対象になっている、この病気にあっても、治療とリハビリを重ね、9か月で見事に復帰した。

しかし、昭和53年「男はつらいよ・噂の寅次郎」の撮影中に、再発する。このとき、麗子は渡瀬恒彦と離婚してまもなく、ひとりで撮影を乗り切った。

   弟の政光さんによれば、麗子は、20代から寝る間もないほど働き、ギラン・バレー症候群症候群を発症してからは、運命に逆らうように、さらに仕事に打ち込むようになったという。

いつしか姉は薬に頼り出したんです。私たちにも内緒で、二つのクリニックをうまく使って、睡眠薬精神安定剤抗うつ剤、副腎皮質ホルモン薬....。私が知っているだけでも、最低これだけ飲んでいた。三十年以上もですよ。死に急いでいたとしか思えません。 

 以下、引用はすべて、前田忠明著「大原麗子  炎のように」による。

 

 麗子は、昭和59年、「男はつらいよ・寅次郎真実一路」で二度目のマドンナ役を演じることになった制作発表会見で、言った。

私、いつもね、『遺作だな』と思ってやっているの。最近は特に『もし、これで死んでもいいな』と思ってやっているんです。

何が麗子をここまで、女優の道に駆り立てたのだろうか?  

母を楽にしてやりたい、とがんばった若い頃から、芸道一筋に生きる姿勢は、最後まで変わらなかった。「葉隠」を愛読書とする女優にとって、芝居は命の糧だったとも言えるだろう。

愛を乞うひと

麗子の父、大原政武は、平成5年、胃がんで亡くなった。

 麗子は葬儀に顔を出すと、本当に死んでるの、と悪態をついて帰ったという。

しかし、麗子は著者の前田氏に、こんなことをもらしている。

その顔を見たらね、涙が出そうになったの。不思議だった。あんなに嫌いだったのに....。泣くもんかと思って外に飛び出したわ。弟に涙を見られるのは悔しかったし。家に帰ってから、ひとりで泣いたの。一生分泣いたかと思うくらい涙が出た。

 

 「愛を乞うひと」。 この小説が出たのは、平成4年。

麗子は、この小説に惚れこみ、自分が演じられないかと方々に働きかけたという。しかし、願いは叶わなかった。

麗子はなぜ、この小説のヒロインを演じたいと渇望したのだろう。

それは、主人公が、幼い頃から母に折檻を受け、自分の家庭を築いてからも過去の呪縛から解き放たれず、苦しむ姿に、彼女自身を見たからだ、と著者は推測している。それは、まったくその通りだったろう。 

弟・政光さんによると、麗子は顔も性格も父親似で、政光さんの方は母親似だったという。

周りに嫌われても、完璧な演技を求め、演出家や脚本にもダメ出しをする頑固さと一徹さ、共演者が大先輩であっても、納得がいかないと撮り直しを迫る暴君振り。

それは、まさに父親ゆずりのものだった。父と似て、自分も幸せな家庭を築くことは出来なかった。

憎んで憎み抜いた父だったが、本当は、心から愛されたかった。

父の死によって、麗子はそのことを知ったのだろう。

 最初の夫、渡瀬恒彦

麗子は、渡瀬に父親のように甘えるのが好きだった。

だが、渡瀬の望む、家庭的な女になれなかったために、別れるしかなかった。

渡瀬とは別れてからも、連絡を取っていた。

渡瀬が再婚してからも、自宅に電話をかけて、疎まれるありさまだった。

                          

麗子が高倉健と共演した映画「居酒屋兆治」。

高倉健演じる兆治を愛し、叶わなかった愛に狂い死にしていく女、さよを見事に演じた。「愛を乞うひと」、大原麗子の演技だった。

居酒屋兆治

居酒屋兆治

 

 結局、麗子が演じることを熱望した「愛を乞うひと」は、平成10年、原田美枝子主演で映画化され、その年の映画賞を総ナメにした。

麗子は、このことで、誰にも心中を漏らすことはなかった。

もし、この映画に麗子が出演していたら、どんな映画になっていただろう、と思うのは、私だけだろうか。

 

愛を乞うひと

愛を乞うひと

 

 その頃から、麗子の出演本数は激減していた。

業界での麗子の理解者は減り、扱いづらい女優、というレッテルが貼られていた。

それは、麗子の完璧さを求めるプロ意識の表れであったのはもちろんだった。

しかし、時代の吹く風は、麗子に冷たくなってきていた。

年々、主演本数は減っていった。

長い年月に渡り、負担を強いてきた麗子の心と体は悲鳴を上げていた。そして、ついに芸能活動の休止にまで追い込まれてしまった。

一番悔しかったのは、もちろん麗子自身だったろう。

 

 私が見た、大原麗子の最後の出演作は、倉本聰脚本のテレビドラマ「町」だった。

彼女の美しさは健在だな、素晴らしいな、と思ったものだった。

いつしか時は流れ、私は彼女の存在も忘れるような、煩雑な日々を過ごしていた。

彼女の訃報を聞く日まで…。

大原麗子メモリー ずっと好きでいて

大原麗子メモリー ずっと好きでいて

 

 

最後に

 この記事は、「愛を乞うひと 」をキーワードに、女優・大原麗子の軌跡をたどったものです。

内容については、前田忠明著「大原麗子  炎のように」を参考にさせて頂きました。心から感謝申し上げます。

この本が、より多くの人に、愛読されることを願っております。

 

Grave flowers